2012年12月28日金曜日

震災が記憶の中から遠退く

丸で2011.03.11を忘れた様にBlogの中身から削除したが、生憎、03.11は私個人の誕生日なので忘れもしません。

しかし、震災から年開ければもう二年近く経過する現実が訪れるが、実際あのTVで散々流された悪夢の様な東日本大震災の記憶が私自身丸で遠い過去みたいに感じる不謹慎さは、あの津波を体験した訳では無いからなのだろう。

時間経過とは残酷なものだ。

震災翌日には福島第一原発が津波に飲まれ果ては爆発したと言う報道も、何か現実味が無い。


03.14の朝は再就職先で慣れない朝刊配達区域で長い時間冷たい雨に打たれて仕事をしていた。



笑え無い絶望的な福島第一原発記事と東日本大震災被災地の記事が掲載された朝刊を配っていた。

死亡者、行方不明者の数だけが日に日に新聞紙面の片隅にカウントされ、対応鈍い日本政府に苛立ちを覚える記事が掲載されていた事だけは覚えている。




結局、今は何かあの震災後から何か変わっただろうか?

被災地の被災者だけが人生を著しく荒廃し帰る場所すら失い、日々行きて暮らす事に対しても不自由と窮屈の中に居る。

私は結局、その情報の傍観者であり、無力のままバカ面で生きて暮らしている。





何ともやるせ無い時間経過だけで次第に風化されていく現実がやるせ無い。

そう、実感味が無いから無関心過ぎるのだと割れながら呆れ果てていた。





そして、又、時間だけが無情に流れていく。

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